リアナから見たオフィーリアの優しさ

リアナから見たオフィーリアの優しさ

リアナが学んだオフィーリアの優しさ
リアナからみたオフィーリアの優しさについての考察です。

オフィーリアの特徴を一言で表すなら、「優しさ」である。

育ての親であるヨーゼフ大司教の認識も「本当に優しい子」である。
初対面であるバルトロ司教も、運び手の心を映すと言われる種火を「優しく温かい炎」と表現し、会った子どもたちもオフィーリアの優しさに救われたはずだと語る。

ならば、リアナの1章のラストのこのセリフが引っかかってしまう。

「今なら、オフィーリアの優しさがよくわかる」

普通に読めば、代わりに式年奉火へ行ってくれる親友への感謝の言葉。
でも「今なら」と言っている。
一緒に育ってきて、一番オフィーリアのことを理解しているはずのリアナ。

それまでリアナは、オフィーリアの優しさをどう捉えていたのだろうか。
リアナ自身については考察の初回で取り上げたが、オフィーリアとリアナの関係からもう一度、考えてみたい。

リアナにとっての「優しさ」

リアナにとっての優しさとは、「相手に寄り添い、その人が自分で乗り越えられるように支えること」ではないだろうか。

幼少期に両親を失って「どうして自分だけが不幸なのか」と心を閉ざしていたオフィーリア。
そんなオフィーリアに対して、ヨーゼフはリアナにこう頼んでいる。

だから、リアナ
私と一緒にオフィーリアを 元気づけてあげて欲しい

リアナの関わり方は、オフィーリアの両親を失った悲しみに対し、慰めや励ましなど直接働きかけをしてはいない。
オフィーリアを外へ連れ出して、自分が綺麗だと思う景色を見せ、一緒に遊ぼうと誘っている。
相手の苦しみを取り除く方向ではなく、その人が自分で立ち直るきっかけを作ろうとしている。

オフィーリア自身が、このリアナの優しさによって自分は救われた、と振り返っている。

選べなかったリアナ

リアナは大司教の娘として、幼少より期待を一身に受け、甘えを許されない中で育っている。
そのためか、父親が倒れたときでさえ、動揺する姿を見せると皆が失望すると思っている。

リアナは、自分にとって大切なもののどちらかを切り捨てなければならない状況に置かれている。
どんなに大切でも、選べるのはどちらか一方。

  • 自分を男手ひとつで育ててきてくれた親
  • 教会にとって重要な式年奉火の儀式

この二択は「父親への愛」か「自身への責任と信頼」のどちらを手放すかと言い換えることもできそうだ。
しかも、リアナがどんなに父親を想っていても、後者を放棄できるような性格ではない。
実質は「父親」を選べない状況に陥っていたといえる。

オフィーリアにとっての「優しさ」

オフィーリアにとっての優しさとは「相手の苦しみを取り除くために、自分が行動して状況を変えること」ではないだろうか。

誰にも相談せず、準備もないまま原初の洞窟へ入り、自分で種火を採ってくる。
その結果、リアナは「父親の看病」か「式年奉火の儀式」かという二択から解放されることになる。
オフィーリアは、相手が諦めざるを得なかった選択肢を、自分の行動によって取り戻そうとしている。

同じような行動は、3章のドノヴァン司教の事件でも見られる。
ドノヴァン司教は、娘の命を守るために種火を奪うか、種火を守るために娘を諦めるかという二択を迫られていた。
父親としての立場と司教としての立場の狭間で葛藤し、泣く泣く子どもを見捨てるという選択をする。
この時もオフィーリアは罠を承知で、選びたくても選べなかった子どもの命を選べるように行動している。


二人とも、苦しんでいる相手のために自分にできることをしようとしている。けれど、その介入の仕方は異なる。

リアナは常に期待に応える側で、苦しくても自分で抱え込んできたため、自身が抱える問題そのものを誰かが解消してくれるという経験はなかったと思われる。

けれど、自分ではどうしようもない事態に追い込まれたとき、オフィーリアがその苦しみを引き受けてくれた。苦しみを自分で乗り越えるだけではなく、誰かに代わってもらうという救いもある。
リアナはこのとき初めて、『自分一人で背負わなくてもいい』と実感したのではないだろうか。

「優しさ」の作用

オフィーリアの優しさによって、リアナは自分では選べなかった父親との時間を取り戻すことができた。
しかし、この経験はリアナに救いを与えただけではなかったのかもしれない。

父親を失ったリアナは、オフィーリアにこう告げる。

父様のためなの
優しいあなたなら、わかってくれるはず

父親を失った悲しみは、リアナだけのものではない。
同じ家族であるオフィーリアも苦しんでいるはずだと、リアナは考えたのではないだろうか。

リアナが望んでいたのは、父親が生き返ることだけではない。
父親がいて、オフィーリアがいて、三人で話し、笑い合う日常を取り戻すことだった。

かつてオフィーリアは、自分が危険を冒すことで、リアナが大切なものを諦めずに済む第三の道を作った。
今度はリアナが、自分の身を危険にさらしてでも、失われた家族の日常を取り戻そうとしている。

大切なものを諦めるくらいなら、自分が危険を冒してでも別の可能性に賭ける。

……本当に、この種火があれば
父様は生き返るのですか?

その言葉、信じていいのね?

父親が生き返るという言葉を信じきれないまま、それでも、その可能性に賭けた。

リアナは、オフィーリアから受け取った優しさを、今度は自分なりに実践しようとしていたと考えたい。
だからこそ、自分の選択も理解してもらえると信じていたのではないだろうか。

2026.10