
仕込まれた空白――グラムという人物
最低な父親じゃなかったグラム
グラムについての考察です。
これまで3回に渡り、それぞれの人物から見たグラムについて考えてきた。
1)トレサが選んだグラムの手記
2)レオンが見たグラム
3)オーゲンが語らなかったグラム
最後に、グラム本人について考えてみたい。
まるで主人公のような人物
グラム・クロスフォードはアーフェン編とトレサ編でその人物像が語られ、サブストーリーの最初と最後に大きく関わってくる人物である。
重要な立ち位置なのに、その情報は敢えて伏せられている。
大魔術師オージン・クロスフォードの末裔でありながら薬師。
大陸中を旅して手記を残し、アーフェンとオーゲンを救い、レオンの人生にも影響を与えている。
妻を失った後はフィニスの門へ向かい、最終的には赤目となる。
物語全体の核心にいる人物なのに、本人の人生については分からないことが非常に多い。
これは単なる説明不足ではなく、意図的に残された空白ではないだろうか。
なぜ家を出たのか
グラムを知る人物たちは、トレサとアーフェンにグラムの面影を見る。
この二人との類似は、描かれていないグラムを知るための大きな手掛かりとなるはずだ。
まず、グラムが家を出た理由を考えてみる。
かつてガルデラをフィニスの門に封印した大魔術師オージン·クロスフォード。
ガルデラを封印する時に一緒に居たレイヴァース家の当主は、封印に必要な竜石を預かり、代々の当主には「何を守らねばならないのか」が語りつがれている。
そのことを考えると、クロスフォード家でも当然フィニスの門には何が封じられているのか、なぜ封印しなければならなかったのか、などの詳細な情報は語りつがれているはずである。しかし、グラムはその情報を持っていない。
推測できるのは2つ。
- クロスフォード家が滅んでいる
- グラムが家の秘密を正式に継承する前に家出した
1)クロスフォード家が滅んでいる場合
ホルンブルグ王国が滅びたこと、レイヴァース家から竜石が盗まれたこと。
これらにはフィニスの門を開いてガルデラの封印を解きたいリブラックの思惑が大きく関係している。
フィニスの門を守るホルンブルグ王国。
門を開いた後に再び封印できる竜石を守るレイヴァース家。
彼らが狙われたのは理由がある。しかし、クロスフォード家に求められているのはその血筋だ。
滅んでしまっては封印を解くことはできない。
そのため、クロスフォード家が滅んでいると考えるのは難しい。
2)グラムが家の秘密を正式に継承する前に家出した
この大陸の国々はガルデラの封印が解けることを警戒する仕組みが作られている。
それはホルンブルグ王国とレイヴァース家の在り方だけではない。
聖火教会というネットワークを作ってガルデラを封印している聖火が絶えないように守り、20年に一度の式年奉火の儀式で封印の力が弱まらないようにしている。
そこまで考えたとき、クロスフォード家は存在しない方が良い。
けれど、ガルデラを封印できるほどの実力を持つ魔術師の家系を絶やすことは、デメリットの方が大きいだろう。
フィニスの門を開くために必要な血筋なら、少なくとも無秩序に広がることを良しとはしなかったのではないか。
ならば、クロスフォード家は血筋を管理するために閉じた社会を形成していた可能性がある。
そこで、まだ若いグラムは、世界へ憧れて旅に出たのではないだろうか。
トレサは外の世界への憧れから旅に出ている。
グラムとトレサの共通点を、世界への憧れという「旅の始まり」と、一人前になるという「旅の目的」を示唆していると考えてみると違和感がない。
これなら、自分が大魔術師の系譜であることは知っている、という中途半端な知識とも合う。また、一人でテングワシを倒せる実力を考えると、魔術師としての教育も受けていたと考えられる。
この場合、クロスフォード家は存続しており、家を出たグラムを追う可能性がある。
しかし、それが描かれないのは、グラムが後継者ではなかった。もしくは、家を出た時点で、後継者候補からは外され「存在しなかった」ことにされた可能性もある。
そう考えると、クロスフォード家はオルステラ大陸の外にある可能性が高い。
グラムも手記を「大陸中を旅した記録」と呼んでいることから、オルステラ大陸の外にある、別の大陸や島だったのではないだろうか。
なぜ薬師なのか
息子クリスが旅の途中で怪我をして動けなくなり、回復薬を求めるのが最初のサブストーリーだ。
クリスはまだ幼いながらも、父グラムを探して大陸を旅している。
トレサの父も旅をして一人前になり、その行動は娘トレサにも受け継がれた。
ならば、クリスの行動もグラムから受け継がれているものがあるのではないだろうか。
魔物とは戦えても、旅ができることは別である。
「外の世界を見たい」と飛び出した少年のグラムが、現実の旅では何もできず死にかける。
そこで一人の薬師に助けられる。
そして、「苦しむ人間を助けるのは当たり前のこと」という価値観に出会う。
アーフェンは自分を救ってくれた薬師に憧れて、自分も薬師になった。
グラムもアーフェンと同じように、自分を救った薬師の生き方に憧れた。
だから薬師の道を選んだのではないだろうか。
「苦しむ人間がいるから助ける。当たり前のことだろ。」という口癖。
自分が苦しかった時に助けて貰ったのことが強く印象として残っているから、もしくは彼の師がよく言っていたのかもしれない。
始めはグラムを助けた薬師が後の妻だったのではないだろうかと思った。
命を救い、薬師として導いた相手がそのまま妻になった、と考えることもできる。しかし、グラムとアーフェンの類似をさらに重ねて考えるなら、グラムを救った薬師は妻の親で、妻とは一緒に薬師を学んだのではないか。
最初は何もできなかったグラムが、薬草を覚え、傷を治せるようになる。
患者を診られるようになり、自分の力で誰かを救えるようになる。
そして、一緒に成長した娘がやがて妻になる。
アーフェンとゼフが親友として同じ道を歩んだように、グラムと妻もまた、肩を並べて薬師として学び、ともに成長したのではないだろうか。違うのは、その関係がやがて夫婦になったことだ。
不治の病と旅に出るグラム
グラムは妻の薬を探して大陸中を旅している。しかし、妻の最期には間に合わなかった。
ところがクリアブルックでアーフェンを見ると、痙攣や紫色の斑点という症状だけで「すぐにわかった。間違いなく、妻の命を奪った病だった」と判断する。
薬師が匙を投げるほど珍しいこの病気。
グラムはどこで、この病の症状や経過を知ったのだろうか。
そこで一つの仮説を考えてみた。
グラムを救った薬師――妻の親自身が、過去に同じ病を罹っていたのではないか。
グラムと妻は、その闘病をそばで見ていた。だから、どんな症状が出て、どんな経過をたどるのか。既存の薬では救えないことも知っていた。そして、何もできないまま二人で師を看取る。
その後、妻にも同じ兆候が現れたなら、二人にはすぐ分かる。「あの病だ」と。
治療法は分からないが、すぐに命を落とす病ではなく、ある程度の猶予があった。そこでグラムが旅に出る。
これはまだ想像だけれど、アーフェンを一目見て病を断定できた理由としては、違和感がない。
おそらく、この時点でグラムは師の腕を越えていた可能性もある。
自分の成長を喜び努力を続けてきたグラム。今の自分なら、かつて師にも治せなかった病の薬を作れるかもしれない。グラムはそう考えたのではないだろうか。
そして妻もまた、残された時間を夫と過ごすことより、治療法を探すことを選んだのかもしれない。二人には、まだ幼いクリスがいる。自分のためだけではなく、子どものためにも生きたい。だからこそ、グラムを旅へ送り出したのではないだろうか。
結果として、その選択は正しかった。グラムは本当に薬を完成させた。ただ、間に合わなかった。
グラムとリブラックの関係
妻を救える薬師になるところまで成長したのに、間に合わなかったグラム。
たった数日。けれど、その数日がグラムの人生を変えてしまった。
妻の葬儀の後、リブラックと名乗る女性がグラムに接触する。
「奥様に、もう一度お会いになりたくありませんか?」という言葉は、生きる意味を失っていたグラムにとって、新しい目的になってしまう。
幼い頃は「外の世界を見てみたい!」と願い、家を出ると「もっと成長したい・苦しむ人を助けたい」と努力を続けてきたグラム。
今までとは種類の異なる「妻を生き返らせたい!」という願いを抱いてしまうのは、やむを得ないものだったのだろうか…。
リブラックはグラムにフィニスの門に行けば妻に会えると唆している。
妻が亡くなったのが10年前、ホルンブルグ滅亡が8年前。
時系列から考えると、この頃はまだフィニス門はホルンブルグ王国が守っている。
ヴェルナーの手記によれば、リブラックは20年以上前からホルンブルグ滅亡を計画し、実際に滅ぼすまで12年かかっている。
門へ至る障害を排除する計画と、クロスフォードの血筋を探すことを、並行して進めていた可能性がある。
もし妻の病にまでリブラックが関与していたなら、家を出たグラムをリブラックはクロスフォードの血筋として確保していたとも考えられるが、そのような描写はどこにもない。
グラムがフィニスの門に向かうまで、最低でも2年間。ホルンブルグ王国が滅んで直後は国が荒れていると考えれば、もう数年かかっている可能性がある。
その間、グラムとリブラックはずっと一緒に居たのだろうか?
グラムの手記3を見る限り、グラムはリブラックを疑い、必要なのは自分の血だと気づいている。
だから長期間行動を共にしたというより、「妻を蘇らせる方法を知る怪しい女と、フィニスの門へ向かうため一時的に行動を共にした」くらいに見える。
そのため、リブラックはグラムに『フィニスの門を見つけたら連絡する』と伝え、それまでは別行動を取っていたのではないだろうか。実際に行動を共にしたのは、フィニスの門へ向かう直前の数か月程度だった可能性が高い。
人を救い続けるグラム
妻を救えずに絶望したグラムは、フィニスの門に向かうまでの旅の中でも、苦しむ人を救い続けている。
アーフェンもグラムに救われ、グラムの志を継ぐ。
そう考えると、グラムは「苦しむ人がいるから助ける」という価値観を変えないまま旅を続け、薬師として治療をしている。
アーフェンの「俺も、おじさんみたいになれるかな?」という言葉。
グラムにとって、妻には間に合わなくても、これまで積み重ねたものは無意味ではなかった、という救いになったから、「望外のお代だった」「私の旅にも意味があった」という感想になったのだろう。
これらの言動から、妻を失った後も、自暴自棄になっていたわけではない。
リブラックに唆された後も、堕ちた人物という印象はない。
グラムは途中でリブラックの企みに気づいているにも関わらず、フィニスの門に向かっている。
自分の血が儀式に利用されることを察しながら、儀式の正体を見極め、潰そうとする。
自分が逃げれば、次はクリスが狙われると知っていたからだ。
もしかすると、時間を置いたことで、グラムは妻を生き返らせることはできないと冷静になったのかもしれない。
けれど、リブラックの背後にある組織力を知り、彼女が儀式にかける執念を知り、逃げられないと悟る。
それならば――と、自分で事態を止めようとしたのではないか。禍根を断つまで、素直にリブラックに従っているように振舞った。
なぜクロスフォード家の血が必要なのかを知るにつれ、かつて自分が離れたクロスフォード家が担っていた役割に、初めて気づいたのかもしれない。
かつて放り出した責務を果たす事ができれば、彼は後にクリスの元に戻って、男手一つで育てたように思う。
失敗した主人公
視界の隅で、自分の手が異形のモノへと変わっていく恐怖に耐え、妻とクリスを思って反撃し、儀式を中断させることに成功したグラム。
深手を負わせたリブラックを追って倒そうとしていたグラムは、失敗する。
赤目となったグラムは、意識を失うたびに周囲を破壊する。そして次第に追われるようになり、最後に残るのが、「止メテクレ、私はニンゲンダ――!」という叫び。
苦しむ人間を助け続けた薬師が、最後には自分が苦しみ、自分の意思に反して人を苦しめ、誰にも救ってもらえない。
かなり残酷な結末を突き付けられることになるが、それだけでは終わらない。
サブストーリー「旅路の果て」では、ガルデラを倒すと、意識を失い異形のモノになって8人の旅人と対峙したクリスは、元の姿に戻る。
何も描かれていないし、物語で言及もされていない。
けれど、ガルデラに取り込まれ、異形となったクリスが元に戻れたなら、グラムも元に戻れた可能性を嫌でも考えさせられる。
浸食された年数が違う、儀式が中途半端だった。クリスの時との差異は色々ある。
それでも、赤目の討伐がガルデラを倒した後だったら…そう思ってしまう。
グラムとクリスが親子で一緒に旅をして、旅の薬師となった親子がアーフェンと再会する。
もしそんなハッピーエンドだったら――。
物語で語られるように、トレサとアーフェンがそれぞれグラムの面影を受け継いでいるのなら、この二人から描かれなかった過去を逆算することもできるのかもしれない。
トレサのように世界に憧れて旅に出て、アーフェンのように苦しむ人を助けた人。
そう考えると、グラム・クロスフォードという人物は――最後の最後で失敗した、もう一人の主人公だった。

2026.8